22-旅の終わりに

とうとう旅の終わりが見えてきた。

三週間に渡ってチベットウイグル自治区
旅してきたわけだが、観光らしい観光は
いよいよ明日で最後である。

そんな明日は、蘭州からウルムチまでの列車内で寝台が
隣になった内モンゴルの女子大生ツァイツァイが
ウルムチの街を案内してくれることになっていた。

ツァイツァイが前日の夜6時までに電話をくれと
言っていたのを思い出し、その頃バスの中だった私は
中国人に携帯を借り、ツァイツァイに電話してみた。

しばらくしてツァイツァイが出たものの、
直接会えば顔や表情、口の動き等で
なんとなく伝わる中国語も電話越しでは
何を言っているか分からない。
私のなんちゃって中国語もこれまでか。

これはいよいよ困ったぞ!といったん電話を切り
路上にあった小さな新聞屋さんに寄り再び電話をかけた。
すると今度はどうだろう。

「あなたがおかけの電話番号には現在つなげません。」

そう機械的な中国語でいうではないか。


・・・。


「ちょっとこれ聞いてみて、さっきはつながったんだよ!」
私がお店のおじさんに言うとおじさんはそれを聞いて言った。

「この人の携帯はプリペイド式だから、
 料金を払わないと電話することができないよ。」


なんとな!!!


ということは彼女がそれに気づいて自分でお金を
振り込むまで連絡を取れないということか?

「何か方法はない?」

「君が電話でこの電話に対して
 お金を振り込むこともできるよ。」

「電話で相手の携帯にお金を振り込む?!」

「そうだ、例えば20元分(260円)でも振り込める」

相手の携帯にお金を振り込んでまで話すなんて・・
日本から来たストーカーみたいではないか!!!

「いや、そこまではしたくないよ・・。」

もし彼女が本当に私をガイドしてくれる気があれば
その日のうちに私からの電話がないことに気づき
自分で振り込むだろう。

もし振込みがなければ、ツァイツァイは私を
ガイドするのが面倒になったか、
何か別の事情があるのだろう。
会えるも縁、会えないも縁である。
私は夜もう一度電話をかけて、それで決めることにした。

夜10時、私はゲストハウスから電話をしてみることにした。
プルるる・・プルルる・・
電子音が鳴った二秒後、音がした。

「おかけになった電話番号は・・」

ツァイツァイ、ツァイチェン(再見)!

女子大生とのデートが夢と消えた私は
翌日、一人でウルムチで一番大きなのマーケットであり
観光地でもある国際大バザールに行った。

ここはガイドブックによると観光客を狙った
スリの名所であるという。
しかし、スリなど上等である!
私は今まで外国でスリになどあったことがないし
引越し会社で鍛えた体は人一倍、力も強いので
スリを見つけたらボコボコに殴りつぶしてやる!
だいたいカバンのジッパーを開けられ
カバンをまさぐられて、財布を抜かれ、
なぜ気づかないのか、それが不思議でならない!
まさに意味不明である!

もう適当に土産でも買って滝川クリステル似の
イスラム美女の写真だけたくさん隠し撮りして
おとなしく帰ろうと思った。

国際バザール内はもはや中国ではなかった。
スパイスなのか滋養強壮の薬なのか、
見てもそれが一体何なのか分からないものが無造作に
並べられた露天を見ているとイスラム圏のマーケットや
インドのバザールを思い出す。

中国人はなぜこんなに顔立ちや言語、習慣まで全く異なる民族を
中華民族」として取り込み「中国人」と呼ぶのだろう。
その大国の傲慢さが、どうしても私には理解できない。

バザールの中は巨大なモールのようになっており
地下の巨大スーパーでは、馬の背のチーズや
日本では到底買えないだろうラクダ肉の真空パック詰め、
本場の羊肉なんかのお土産をたくさん買った。

購買欲が満たされると次は食欲である。
せっかくバザールに来ているのでイスラム系の
レストランに入った。

メニューを見せて〜というと暇そうな店員が
ぞろぞろと寄ってくる、寄ってくる。
一人の活発そうな少女が私に話しかけてくる。

おもしろそうな本ね〜!ちょっと見せてよ!

あら〜私の住む町ってこんな風に紹介されてるのね〜

あらやだ!あなた写真撮ってるじゃないの!

だめよ〜!私はこの店のアイドルなんだから!
写真はNGよ!事務所NGよ!


この店は観光客相手の店なのだろう。
値段が街の食堂の2倍と高かったので、
私は安い餃子スープだけ飲んだ。
イスラム料理は意外と日本人にも
馴染みのある味でどれもおいしい。

店を出てこれからどこに行こうかと
ガイドブックを見ながらあてもなく
バザールを歩いていると背後から私のカバンを
凝視する背が高く彫りの深い男がいた。

なんだ?もしかしてスリか?
私はすぐに財布の入ったリュックの
ポケット部分を手で触った。
するとポケットが開いている。

あぁ、レストランから出たばかりだから
財布をしまうときに、ポケットのジッパーを
開けっ放しで店を出たんだなぁ、よくあるある!と思い
一応、念のために財布を確認してみると


ない。


財布がない。


日本円にして7000円入った財布がない。


成都への帰りの列車チケットが入った財布がない。


クレジットカードが2枚入った財布がない。


免許書の入った財布がない。


彼女が台湾で買ってくれた財布がない!!!!


知り合いもいない異国の地で
金もカードもチケットもなくて
どうやって国へ帰れというのかな?

私はすぐさま、辺りを見渡したが、
怪しい男は既に消えている。
地面を見渡しても財布が落ちている気配はない。

財布をすられるなんて意味不明だと言っていた
私が財布をすられるなんて・・。
もしかしてウルムチで女子大生と
観光を楽しもうとした私への
彼女からの呪いなんだろうか・・・
だとしたら、、、怖すぎる!

こうなったら一旦ゲストハウスに帰り、
日本へメールか電話をし、ホステルで働く従業員の
銀行口座にお金を送金してもらうしかないな・・。

一応、警察にも行っとこう。
そう思い歩き始めたころ、誰かが叫ぶのが聞こえた。
「この財布、誰のだー!!!!!誰のだーー!!!」
一人の青年が天高々に掲げているそれは
まさしく私の財布である!!!

あぁ、私にはあなたがヒーローに見えます。
財布を拾ってくれたのに、「気をつけろよ」と
一言、言うだけで何の見返りも求めてこない。
もしかして、あなたは仏陀の化身ですか?

いや、そうに違いありません。
あなたはそれを否定するかもしれません。
しかし私には見えます。はっきり見えます。
あなたの後ろで仏陀が微笑んでらっしゃるのが!!

どこにありましたか?そう聞くと、
私の財布はゴミ箱にポンと捨ててあったという。

なぜイスラムの神はスリをしてはならぬ、
と教えないのだ。そして盗んだものを
ゴミ箱に捨ててはならぬと。
イスラムに因果応報的な教えはないのか?

拾ってくれた兄貴にお礼を言い、財布をチェックする。
あぁ、やっぱ金は抜かれている。
ところで、カードは、クレジットカードはどうなのよ!
急いで財布を開いて見て見ると、カードは本来
いらっしゃるべき場所で、ちゃんと待機されていた。
時間もそうたってない間に発見されたから
ATMでお金をおろしてもいないだろう。
そもそも暗証番号分からないし。

どうやら犯人は私が予想外に早くすられたことに気づき、
焦って現金だけ抜いて財布は捨てて逃げたようだ。

起こってしまったものはしょうがない。
カードがあったので物乞いをしなくて済んだ。
まぁ、気をとりなおして、滝川クリステル似の
美女を隠し撮りして観光を終えようと再び立ち上がった。


あまり載せすぎると気持ち悪がられるので
これくらいにしておこうか。

うーん。それにしてもイスラムの女性は
確かに顔が濃いが絶対数が漢民族より
ずいぶん少ないから綺麗な人もどうしても少ない。

郎木寺で会った日本人の女の子が言っていた
「町中が滝川クリステル」はちょっといいすぎだ。

国際バザールの近くにいるイスラム系の人は
滝川クリステルぐらい顔が濃い人が多い。
(可愛いとは一言も言ってないけどね!)
ぐらいが適切なんじゃないだろうか。

美女探しにちょっと疲れたので休憩がてら木陰に座り、
町で気になった中国語の意味を調べるため
電子辞書を取り出そうとカバンを開いた。
しかしいくら探せど辞書はない。

もしかしてお前、辞書もすったのか!!
あれ三万もしたんだぞ!!

一度は収まりかけた怒りが再び沸いてきた!
ていうか、PCと間違えたのか知らんが
日本語対応の辞書とか明らかにいらないだろう!
闇市場で売ったところで、そんなもん
日本人以外欲しがる人もおらんだろう!

あー!!!!!

いらいらする。
イスラム教徒が全員敵に見える。
一人の悪い奴のせいで全員が悪に見える。

まずあんな辞書は犯人にとっていらないものだ。
だったらゴミ箱に捨てるか、道端に捨てるかだ。
私は現場付近のゴミ箱を全部のぞいた。
しかし、ない。

こうなったら警察である。
紛失物を警察に届けてくれるような人は
日本よりは格段に少ないはずだ。
しかし、かつては孔子を生んだ国で
東アジアの模範となった国である。
親切な人がいないとも限らない。

人に聞きながら警察に行く。
警察では突然の外国人の訪問に警官が慌てながら
応接室のような所に通される。

今日はどうした?そういうもんだから
私は事情を全て話した。
金は仕方ないが、犯人にとって辞書はいらないはずだと。
入れ替わり立ち代り3人の警官が登場し
私から話を聞く。だいたい同じ話なんだが。

進展が見られないうちに1時間がたち
私はだんだん馬鹿らしくなってきた。
観光最後の大事な時間を私は警察で何をしているのだろう?
私はメモを書いた。
「赤い辞書が見つかったらゲストハウスに連絡をくれ。」
私がいいたいのはそれだけだった。
それだけなのに、なんでこんなに時間がかかるんだ。
私は警察を出て国際バザールに戻った。

私は怒っていた。何か仕返しがしたい。
しかし犯人と同じように誰かの財布をスったり、
誰かに危害を加えるというわけにはいかない。
憎しみに、憎しみで返してもそこには悲しみしか残らないのだ。

私は天に向けて中指を突きたてた。
これが私のできるせめてもの反抗だった。
犯人どこかで見てないかな?
そして私は願った。

犯人に罰がくだりますようにと。