23-最終回

私の観光は最後に財布をスラレ終わった。
全くむなしい終わり方だが、
それが私の人生を反映しているのだろう。
あとは列車で一日かけて成都に戻り、
帰りの飛行機に乗るだけだ。

長旅ですっかり汚れてしまった青いリュックには
この旅で出会った美女との思い出を詰め込み
私は列車に飛び乗った。

行きの列車では女子大生ツァイツァイと
子供たちに囲まれ楽しく過ごせたが、
帰りはどんな人と寝台列車を共にするのだろう?

私が期待しながら自分の寝台に向かうと
おばさんが一人既にシートに腰掛けていた。
50代とおぼしきそのおばさんは、
まるで通天閣ビリケンさんのように
シートにちょこんと座っている。

心なしか顔もビリケンに似ている。
私も同じようにビリケン風に腰掛けていると
他の同乗者がやって来た。

白いシャツからはむき出しのごつごつした筋肉
そして綺麗に刈り上げられたスポーツ刈り。

チャイニーズ・ジャイアンみたいな奴が来たぞ!

その後に続くようにさっきのジャイアンより
少し小柄だが、これまた髪を短く刈った
筋肉ムキムキのリトル・ジャイアンも現れた。
ひとついいか?

この寝台、相当むさくるしいんだが!

嫌だなー。だってジャイアンだよ?
キム・ヨナが韓国国民の妹なら、
ジャイアンは日本国民の敵だよ?
そしてさらに一人、メガネをかけたインテリ風の
スネオがメンバーに加わりジャイアン
リトル・ジャイアンとスネオとビリケンおばさんと私を
乗せた列車は成都に向けて走り出した。

嫌だなー、ジャイアン怖ぇなーなんて思ってると
ジャイアンが気さくに話しかけてくる。
日本人だと知るとさらに興味をもっていろんなことを聞いてくる。

おい!渡辺!こんなお菓子は日本にもあるか?
おい!渡辺!中国で有名なこの日本人を知ってるか?
おい!渡辺!一緒にトランプするか?

私は気づいたらジャイアンとリトル・ジャイアン
スネオとトランプをしていた。

それをおばさんが隣で微笑ましそうに見ている。

私は彼らと数時間一緒に過ごすうちにある事に気づいた。
彼らは初対面ですぐに仲良くなり
旧知の仲のように楽しそうに話すが、
ちょっとトイレに行く時なども
貴重品を必ず携帯しているのだ。

日本なら相手を一度信じたらそこまで神経質に
ならなくてもよさそうだが、
彼らは親しくはするが、相手を100%
信じきってはいないようだ。
それがこの国で生きるコツなのだろう。

夜になり、列車内は消灯時間の
10時を迎えようとしていた。
ジャイアンは日本語にも興味を持ったようで
自分のベッドに横になりながら
次々に私に質問をあびせかける。

渡辺!財布は日本語でなんていうんだ?

「さいふ」

渡辺!これ!ほら、ベルトは?

「べると」

渡辺!私の趣味はお酒を飲むことです、
って日本語でどういう?

「私の趣味はお酒を飲むことです!」

わたしの、しゅみは、おさけをのむことです!でへへ!

ジャイアンが嬉しそうにそういい、
リトルジャイアンもスネオも笑う。
ビリケンおばさんは眠っているのか
目を閉じてシートの上で寝転がっている。

渡辺!ところでお前、蒼井 空って知ってるか?

「AV女優の?」

そうだ!彼女はとても中国で人気があるんだ。

「そうらしいね。時々ニュースで見るよ。」

ところでな、AVでみんな女の子が
やめて!って言ってるんだが、あれはどういう意味だ?

「それは嫌な時に言うんだよ。
不要!(やめて)って意味さ。」

じゃあ女の子がAVでイカ!っていうんだが
あれはどういう意味だ?

リトル・ジャイアンもスネオも
その言葉の意味が気になるのか聞き耳をたてている。

イカ?なんだろう・・イカは食べ物だよ。
 ん?もしかして・・」

果たしてどう説明していいのだろう・・・。
迷った私はこう言った。

「それは、きっとイク!って言ってるんだよ。」

どういう意味だ?ジャイアンが聞く。

「うーん、それは・・・」

ジャイアンは3段ベッドの2段目から
一番下のベッドの私に体を乗り出し、
目を輝かせながら聞いている。

「中国語で説明するのは難しいよ!
 とにかく、気持ちいい時に言う言葉さ!」

私は一体中国人相手に何を説明しているのだろうか。

ジャイアンは寝ているおばさんには聞かれたくないのか
儒教的な慣わしで年上の人にそんな会話を聞かれると
恥ずかしいのか、さっきよりもずいぶん声を
押し殺しながら質問を続ける。

じゃあ、SEXをするって日本語でなんていうんだ?

「そうだなー、エッチをする」

わたしは、えっちをする!
わたしは、えっちをします!

「そうそう!」

私達が馬鹿な話をしていると
それを切り裂く声が下から聞こえた。

「あんた達、何を話してるのよ!!」

ビリケンおばさんが急に目覚めてそんな事を言うもんだから
ジャイアンはアチャーという顔をしてベロを出し
それ以来、喋らなくなってしまった。
案外おちゃめなジャイアンである。

翌日、昼の三時、
私達ドラえもんズ with ビリケン
乗せた列車はようやく成都に着いた。
「渡辺!また中国に来いよ!」
ドラえもんズはそう言ってくれた。
きっと来るよ、私はそう答えた。

私は歩いて、ユースに行った。
初めて成都に来た時に泊まったところだ。
何日ぶりになるだろう?
もう二十日以上たっているだろう。

そういえばこのユースで働くローリーは可愛かった。
果たしてスタッフは私の事を覚えてくれているだろうか。

「こんにちは〜ベッドを一つ予約してるんだけど」

受付にいた若い大学生のような女性には以前
道案内を頼んだので顔見知りである。
彼女が口を開く。

「予約してあるのね、でもあなたを私は
 受付できないわ。あなたの担当を呼ぶわ!」

その女はいたずらっ子のように笑う。

「担当?」

「そうよ!ローリー!!」

呼ばれたローリーがしばらくして小動物のように現れる。
「ローリーはあなたのことが少し気になるって
 いってたのよ!ひひひ!」

ローリーはそんなことないわ〜と笑っている。
そういう大事なことは先に言ってくれないか?

もし本当にそうなら旅を早く切り上げて
成都に戻ることだってできたんだから!
ローリーに成都案内頼むこともできたんだから!
しかし時既に遅し、私は明日の飛行機で日本に帰るのだ。
私の運命なんてそんなもんだ。

翌日、ローリーはもういなかった。
大学生だから大学にでも行っているのだろう。
私は来た時に乗ったバスに乗り、一人空港に向かった。

空港に着き、荷物を預けた。
上海経由だが、荷物は経由地の上海ではなく
大阪まで届くことをきっちり確認した。
成都行き上海経由の飛行機に乗りこむ。

数時間後、上海に降り立った私は
空港のベンチで上海発、大阪行きの
飛行機を待っていた。

搭乗間近の待合室は人が多く
ベンチは満員で全て塞がっていた。
私の隣は荷物置き場となっており、
クッションのない椅子のようになっていた。
私はそこに荷物を載せ搭乗時間を待っていた。

すると私の顔をじろじろ見る少女がいる。
「そこ座っていい?」その女が話しかけてくる。

「ここは椅子じゃないよ。」

「気にしないわ」

「そう、じゃあどうぞ。」

19歳だというその少女は上海まで出稼ぎに行くという。

「どうして上海なの?」私が尋ねる。

「友達が働いているからよ、だから住むあてがあるの。
 ところであなたは?」

「上海経由で大阪に帰るんだ」

成都はどうだった?美人多かった?」

ん?どうして私が美人を捜し歩いていた
ことを知っているんだ?

「ってことは、やっぱり成都は美人が多いの?」

「そうよ、盆地で湿気も多いから
 肌がみずみずしくて白い人が多いの。
 こんな言葉もあるわよ。」

一方山水养一方人美女多
(山や水が綺麗な所は美女が多い)

だから君も綺麗なんだね。
お決まりのお世辞も中国語なら言える。

少女は一気に照れだす。
一方山水养一方人美女多か。

数時間後、私は上海の空港にいた。
到着口で空港職員が乗客の名前と思われる紙を持ち
乗客を探している。

ふと目をやるとそこに書かれた名前は私の名前だった。
聞くと私の荷物が大阪に送られるはずが
手違いで今いる上海に送ってしまったから
受け取りの手続きをして欲しいという。

その職員のお姉さんはスーツをびしっと
きこなしているが、どこか優しそうな雰囲気。
しかもよく見るとかなり美人だ。

これは日本にいる中国美女を心待ちにしている
ブログ読者のために写真を撮らねば!と使命感にかられ
写真を撮っていいかと聞くが、写真はダメといい、
頑なに拒否する。

そんな風にされると余計撮りたくなる!

なんで!
スチュワーデスほどではないにしろ、
海外からのゲストと接することの多い
空港職員もやはりルックスの良さで採用される
面はあながち否定できないだろう。

「写真を撮られることは君の仕事でもあるんだ!」
ついに私は意味不明の事を口走っていた。

それでも拒否されるので私はとうとう諦めた。
せっかく美人なのになぁ・・・。

私は荷物を受け取り、関空まで送る手続きをした。
数時間後、私は関空についた。
私は関空から神戸に戻る時に通る高速道路からの
寂れた景色が好きだった。
無駄に照らされた夜の工場に、寂れた街。
かつて住んだことのある辺りは一段と思いで深い。

こんなとき、考える事といえばチベットのこと、
そういえば私はチベットの郎木寺で
クレジットカードが使えなくてお金が下ろせなかったとき
彼女を心配させるメールを送ったっけ。

(メール)
カードが使えないのでお金が2500円しかありません。
これはだいたい中国で一日に消費するお金です。
あと生きれて、一日でしょう。
私はお金が尽きたらチベットの土となります、風となります。
鳥葬の餌食にもなるでしょう。
今まで楽しかったです。さようなら。
お元気で。

うーん、それにしても、ひどいメールを送ったもんだ。
だいたいお金がなくても金なんて中国人に借りればいいし
貸してくれなくても町中で大道芸でもして稼ぐし
死ぬ気なんてさらさらなかったけどね!

私はどこか自分のピンチな局面を
楽しんでいるところがあったんだと思う。
そしてなにより彼女を心配させるのが好きだった。
悪い奴である。

もう数時間で彼女に会える。
一ヶ月近く会ってない。
彼女にはたくさんの心配をかけた。
普通の彼女なら男がチベット
美人を探しに行くと行ったら止めるだろう。
それを彼女は行かせてくれた、行きたいのならと。
懐の大きな奴である。

彼女にたくさんチベットの話を聞かせてやろう。
たくさん出会った美女の話はカットして
都合のいい話だけ聞かせてやろう。

そしてこういうんだ。
チベット美人谷で美女をくまなく探したけど
美女なんていなかったよ。



君以上のね、って!