4-チケット to チベット

私の今回の旅の目的は、チベットの山奥にある
美人谷」で美人を探す事である。

私は事あるごとに「チベット」と言っているが
チベットには大別し、二種類ある事を、
ここらで説明する必要があるだろう。

まずは、ラサに代表される『チベット自治区』である。
多くの人がチベットと聞いてまず思い浮かべる場所であり、
ダライ・ラマの居住地であったポタラ宮もここである。

このエリアを旅行するには、旅行会社を通し
「外国人入境許可証」なるものを取得し、
専用のガイドを手配した上で、
当局に旅行日程を報告しなくてはならない。
さらに、自治区内でラサ以外の場所に行く場合は
「外国人旅行証」がいるという。

めんどくさい上に、旅行会社を通すので値段は高い。
4日のツアーで2600元(34000円)、
7日のツアーだと8030元(105000円)だという。
これは一人で参加した時の成都からの鉄道代込みの値段で、
複数人集まればもっと安くなるようだが、それでもまだ高い。

仮に一緒に旅をする仲間を募集する場合は、
各自で探す必要がある。
主にゲストハウスの掲示板に紙を張り出し見つけるようだ。
しかし旅仲間が必ず見つかるとも限らず、いわば賭けである。
このエリアは歴史的な建造物が多く、魅力的なエリアではあるが
相当めんどくさいエリアでもあるのだ。

もう一つは、かつてチベットの国土であったところで、
今は中国の省に編入されたエリアである。
地図では、かつてのチベット名で
アムド、カムと表示している場所だ。
これらの場所は中国の他の省同様、自由に旅することができる。
中国の省に編入されたとは言え、
住人の多くがいまだチベット人であり、
人によれば、外資が入り大開発が進んでいるラサよりも
チベット色が濃いと言う人もいる。

私が行く美人谷もこのエリアにある。
このエリアの魅力は、自由に旅ができることにあった。
しかし、ここ最近はこのエリアでも中国政府に反抗した
僧侶が焼身自殺したり、僧侶が警官に撃たれて死んだりと、
物騒なニュースが続き、とうとうこのエリアすら
中国政府は外国人の入境を禁止し始めたのだ。

そして今現在の最新情報をネットで探しても「不明」である。

しかしゲストハウスで働く女の子は知っているに違いない。
彼女達は毎日、私のような外国人を相手に
旅行のアドバイスをしている、いわば「旅のプロ」である。

絶対知っているに違いない!

カウンターにいた二人の従業員に尋ねてみると、
彼女達は目を合わせ、あなた知ってる?
あなたは?と首をかしげている。

ここ成都チベットへの玄関口とされ、チベットに行く旅行者は
かなり多いはずなのだが、その彼女達すら
最新情報を掴めてないという。
それほど不定期に変更されるということなのだろうか。
そして彼女達は困った顔でこういった。


バス停でチベットへ行くチケットが買えれば行けるわ!


いや、そりゃそうなんだけどさ・・。


でも、もし中国人はチベットに入ることができるけど、
外国人はダメだ!って言われたらどうしたらいい?
私がそう聞くと、髪を真ん中で分けた彼女は真顔でこういった。


あなたは中国語ができるから、中国人のふりをすればいいわ!
そうよ!あなたは香港人のふりをするの!
香港人は普段、広東語を話すから
中国の共通語、普通話は得意ではないの!
だからあなたは香港人のふりをしたらいいわ!


でも身分証を出せ!って言われたら?


その時はこう言うのよ!
「あらまぁ〜!今日、うっかり身分証をうちに忘れてきちゃった!」
ってね!彼女はそういって私にウィンクした。


・・・。
果たしてそんな原始的な作戦で成功するのだろうか。
じゃ、それだったら、私に香港風の名前をつけてくれないかな。
香港人のふりするからさ。


それはダメよ。私からは教えられないわ!


そんなけちけちしないでさ、教えてよ!


ダメなものはダメ!絶対ダメよ!


なんたること!



彼女は自分から香港人のふりをしろと言いながら、
香港風の名前を決してくれようとしなかった。
もしかすると、私の偽装工作に名前を与えることで関与したことが
当局にばれると、とんでもない拷問でも受けるのだろうか。
いや、いくらなんでもそれは私の考えすぎだろう・・。


まぁいい!


私は唯一知っている香港人の歌手の名前を拝借することにした。
今日から私はタワポン渡辺改め、陳奕迅(Eason Chan)だ!
イーソンと呼んでくれ。よろしく!

イーソンに改名した私はバス停に向かうことにした。
平静を装っているが、内心ドキドキである。
というのも私の美人谷への旅は、数年来の夢である。
もし、チケットが買えなかったら、
私の長年の夢が音をたて一瞬で崩れ去るのである。
しかも3週間もの時間をどこで、どう過ごせばいいのだ・・。

ゲストハウスからバスに乗り40分、
ひきっつた顔の私を乗せたバスは茶点子バスターミナルに着いた。


いよいよである・・。


周りにはホテルの客引きや、バイクタクシーがたむろしており
私を客とみると次々に声をかけてくる。
私は強張った表情でそれらを無視して、
バスターミナルの内部に入った。
そしてバスターミナルの中央にインフォメーションセンターを見つけた。


さぁ、来たぞ・・。


ところで、私はイーソンで行こうか、
タワポンで行こうか、この場に来て迷った。
まず、私が知りたいのは、「外国人がチベットに行けるか」だ。
しかし、私が仮にこう聞けばどうだろう。

私は香港人(中国人)のイーソンです。
外国人(日本人)はチベットにいけますか?


・・・。


質問の内容がちぐはぐすぎる!怪しい!怪しすぎる!
イーソンはダメだ!私は再びタワポンに改名し、
深呼吸をし、呼吸を整えてから、
恐る恐るインフォメーションへ向かった。

そこには二人の険しい顔の女が二人いた。
サービス業に従事しているにも関わらず
無愛想な顔がいかにも中国らしい。
私は緊張しながら聞いた。


あのー、今外国人はチベットに行けますか?


女の一人は少し考え始めた。
私にはその一瞬の沈黙が、永遠のように思えた。
そして女はゆっくりと口を開いた。







「行けるわ。」






!!!!



ほんとに行けるんだね?ほんとに?ほんとに?


私はしつこいくらい聞いた。
女はしつこい私に、めんどくさそうな顔で何度もそれに答えた。

本当に行けることを確認すると、
私はカウンターの下で一人小さくガッツポーズをした。

どうやらチベット行けるみたい!!

私は興奮状態でチケットカウンターに並んだ。
中国名物のかなり長い列である。

しかし浮かれてはならない。
旅では、どんでん返しなどよくあることである。
チケットが発券されて、それを手にするまで気を抜いてはならない。

受付の女は私を一瞥したあと、静かに106元(1300円)と言った。
私は言われるがままに財布から金を取り、それを女に渡した。
そして女はそれが偽札でないことを確認すると
PCで何かを打ち込み、券を発券しそれを私によこした。

買えた!!
明日の朝6時半、成都発、夢の国行きである!
私はあまりの嬉しさに今にも叫びだしたかった。
誰かと抱き合い喜びを共有したかった。
私は行きしのひきっつた顔が嘘かのように
笑顔でバスターミナルをあとにした。

私の夢みる楽園はもうすぐそこだった。

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陳奕迅の代表曲で私も大好きな歌
http://www.youtube.com/watch?v=uUMWzBqfdy4&feature=related