15-ヒトミちゃんと巻き寿司

突然やってきたその女は私が他の旅人と話している
そのテーブルにやってきて、焼きソバをほおばりながら
早口の中国語で勝手に話し始めた。

あなたの事少し聞いたんだけど、あなた本当に日本人なの?
嘘でしょ?だって服装だって見るからに中国人じゃない!
顔だって中華中をさがぜば一億人くらいはその顔よ!
もし本当にあなたが日本人だって言うのなら
何か私に日本語で話してみてよ!

え〜・・。面倒くさ・・。
ていうかその前に君は誰?

んー。まぁいいか。
こんにちは、私は日本からきたタワポンです。
チベットを旅行しています。
よろしくおねがいします。。

なかなか上手な日本語を話す中国人ね!
私の日本語よりうまいじゃない!一体どこで勉強したの!
あなたそんなに上手なんだったら私に日本語を教えなさいよ!

・・・。

その「ヒトミ」と名乗るチベット人の女は
焼きソバをほおばりながら機関銃のように話し始めた。

「あなた本当に日本人なの?ほんとに本当?」

「私は本当に日本人だよ。」

私が焼きソバを食べるその女にそう中国語で言うと
女は一瞬焼きソバを食べる手を止め私の方をキリっと見た。

「ホントウデスカ?」

彼女は今度は日本語でそう言い私を再び見た。
さっきより幾分、警戒感がゆるみ目は急に輝きを増した。
どうやら私は日本語を話す怪しい中国人から
変な中国語を話す怪しい日本人として正式に
彼女に認められたようだ。
中国語で話している時は気が強そうに感じたが
日本語を話す彼女は丁寧語を使いとても控えめだ。

私がようやく日本人と認められた頃、
昨日会った日本人の女の子がふらっとゲストハウスにやってきた。
チベット人に溶け込むのが得意という彼女は
「デモー!!」とチベットの言葉で
周りのスタッフに手を振り挨拶をしている。
どうやら、「こんにちは」とか「こんばんは」という意味らしい。
私と顔なじみの彼女は私のテーブルに来て私の前の席に座った。

近くのチベット人が、ひとみにその女の子も
日本人だよと告げるとひとみは嬉々とした目で彼女のほうを向き
「ホントウデスカ?」と嬉しそうに日本語で言った。

どうやら彼女は相当日本人が好きらしい。

ワタシ、キョウとてもウレシイです。
フタリのニホンジンにアイマス
ワタシハ、ニホンガ、ダイスキデス。
ダカラ、ニホンゴ、ベンキョシマス。

彼女達は同じ女の子で年も一才差ということで
二人が意気投合するのにそう時間はかからなかった。
ひとみは話しつづけた。

ワタシノ、オカアサンハ、ニホンジンデス。
キョネン、アイマス。アイにキマス?
オカアサン郎木寺キマシタ。

確かにチベット人というよりは日本人に近い顔をしているが
母親が日本人とは一体どういうことだろう。

ワタシは、ミセがアリマス。
オカアサン、オカネハライマシタ。
ワタシ、オミセでハタラク。マイニチ。

どうやら実の母親をなんらかの理由で亡くした彼女は
去年日本の女性に出会い、その女性の資金援助で
チベットの雑貨屋を一人で経営し、
その女性を母と慕っているているという。
その女性への感謝の思いから日本人が大好きになり、
チベットの田舎でひとり毎日、日本語を勉強し、
5ヶ月後には留学という形で日本の母に会いに行くという。

イマカラ、ワタシのミセクル?

急なヒトミからの誘いに私と日本人の女の子は目配せをして
次の瞬間に同時に「うん」と言った。

ヒトミの店はゲストハウスから3分もしない場所にあった。
ガラスの扉を開けるとそこにはいたるところに
チベットの首飾りや数珠、手作りのカバンなどの
雑貨が陳列されていた。なかにはこれはチベットじゃなく
ネパール製品じゃないか?と思うものもあるが
そんな事はどうでもいいらしい。

奥には壁で挟まれた1mくらいのスペースがあり
ヒトミはそこで毎晩、足を折り曲げて寝ているという。

コレガワタシのハハです。

彼女はそういい店の中央の柱に貼ってある写真を私たちに見せた。
そこには一人の中年の日本人女性が写っていた。
その上には、本当のお母さんなのか
チベット人女性の写真があったが
チベットの歴史を考えると安易にこの
女性が誰なのか尋ねることはできなかった。

イマカラ、ミンナでナベをタベマス。いい?

私たちはヒトミのベッドの上に越し掛け
ヒトミ特製の即席ナベを食べた。
辛いその鍋はチベットの食材を使い
好きだという韓国料理を意識したという。

わたしはDancingおどり?大好きです。
にほんは、クラブありますね。
いってみたいです!おとこをさんにんくらい
よこにおいてわたしはおどります。
きゃ〜!!!!!!

ヒトミはそう言いながら椅子の上で踊り始めた。

それを見て日本人の女の子は
「ひとみちゃん可愛い〜!」なんて言っている。

ワタシは、ニホンデ、オトコ、カレシ?ツカマエル
それから、郎木寺へツレテくる。ツレテかえる。
フタリでミセヲして、BABY、あかちゃん?ツクル。
これmy plan、そう計画です。

彼女は照れてそう話した。
まだ23歳だというのに、えらくリアルな計画である。

途中で郎木寺の男達が店にかわるがわるやってきては
彼女と楽しそうに話をしては消えていった。
なかなか体格もよくハンサムな男達だ。

「さっきのは彼氏?」

私と日本人の女の子が冷やかし半分でそう聞くと
ヒトミは「チガウ、チガウ!」と言った。

「さっきのはEx boyfriend、にほんご、どういう?」

「元彼ね。」

「そうモトカレ!」

彼女曰く郎木寺の男は、浮気ばかりして全くだめだという。

「ニホンのオトコはウワキしないでしょ?」

日本崇拝の彼女は日本の男はどうやら
完璧だと思っているらしい。
しかし、する人はするし、しない人はしない。
でも、彼女の儚い夢を壊すのも酷だ。
私は「そうだね」とだけ答えた。

彼女が日本に来てがっかりしないといいね。
ワタシと日本人の彼女は二人で静かにそう話した。

「アシタ、planありますか?」
ヒトミがそういうので私たちは「ない」と答えた。

「アシタ、さんにんで、またアイマス。いい?」

「いいよ。」そういい私たちはヒトミの店を出た。
時計は夜10時になり、チベットの夜風は
すっかり冷たくなっていた。

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私たちは翌朝、10時にヒトミの店を訪ねた。
ヒトミはまだ起きたばかりのようで、化粧もしていない。

「おはよ〜・・」

寝起きだけあって眠そうである。
彼女はおもむろにテーブルの上に置いてあった
日本の化粧品をとりだし化粧を始めた。

そんなのどこで買うの?と聞くと
町に出たときに買うといった。

私が冗談で化粧をしている所をカメラで撮っていい?
と聞くと彼女は「いいよ」と言った。

えっ、いいの?

予想外の返答に戸惑いつつ
私はカメラを化粧中の彼女に向けた。
もしかするとチベットの女性の化粧ができあがっていく
様子を収めた世界初の写真かもしれない。


日本の化粧品をふんだんに使い、
こうして一人のチベットの少女は「ヒトミ」となった。
(隣は日本人の女の子)

ヒトミは朝ごはんの前に安っぽいライトの照らす
仏壇に向かい何かぶつぶつ言いながら線香を立て始めた。
外見は日本人の女の子と遜色ないが案外、
敬虔なチベット仏教徒らしい。

祈りの後でヒトミは口を開いた。
「キョウは、にほんの、まきずし、わたしに、つくってください!いい?」

出た!ひとみの無茶ぶりである。
私たち日本人コンビは目を合わせ困ってしまった。
日本人なら当然レシピも見ずに巻き寿司を作れると思うなよ!

「じゃあ材料なにがあるのよ。」
私が何故かおねえ口調でそう聞くと、
ヒトミは話し始めた。

「おこめ、のり、かにの・・」

「それは、かにかま、ね」

「そう!かにかまと、酢・・、あときゅうり!」

米を見せてもらうが2日前に炊いた感じの
カピカピの米だ。酢も黒酢と書いてある。
酢豚を作るんじゃないから・・と言っても無駄だ。
唯一まともなのはカニカマだけだ。

下手な料理を作って日本の巻き寿司も
こんなもんかと思われるのは心外だ。
しかし隣でヒトミはやけに嬉しそうにしている。
日本人が巻き寿司を作ってくれる〜と
はりきって準備をしている。

米に酢をかけてみるが、どうも不味い。
砂糖も酒もないんだからそりゃそうだ。
するとヒトミは私のしゃもじを取り上げ
あろうことか米をしゃもじでペースト状にしはじめた。

なんたることを・・

日本人の女の子は隣で、
「確かに韓国の海苔巻きはそんな感じですよね〜」と
冷静に分析している。

いやいや、日本と韓国両方好きなのは分かるが
混同しないでくれよ。これは日本の海苔巻きなんだよ?

その無残にもペーストにされた酢飯を海苔の上にしき、
きゅうりを並べ、かにかまを乗せた。
せめて味のベースとなる濃い味のものを入れようと
マヨネーズはない?と聞くとないという。

もう知らん!

はい!出来上がり!チベットの食材で作った、
韓国風のりまきだよ!

ヒトミは嬉しそうにナイフを入れすぐにかじりついた。

「おいしい〜!!!!!!!!!!」

いやいや、そんなんおいしいわけないやん・・。
私も恐る恐る口に運んだ。

んん・・。まずい!まずいよ!今年で一番まずいよ!

日本人の彼女にアイコンタクトを送ると彼女も苦笑いしている。

しかし「おいしい!」と喜んでいる
ヒトミをがっかりさせるわけにはいかない。

「おいしいよね・・うん・・意外と、おいしいよね?」

ヒトミはよほど感激したのか、ご近所さんに
日本人が作った巻き寿司をくばると言い出した。

や〜め〜て〜。日本の恥だから!
せめて韓国人が作ったことにして〜!!

ヒトミに付いて食材を買ったスーパーに行って
顔見知りらしいおばさんにヒトミは巻き寿司をどうぞと
渡したが、そのおばさんは得体の知れないその
黒く長い物体に恐れをなしたのか、
「私は結構よ・・」みたいなことを言われていた。


ヒトミちゃんガーン。


ヒトミはおいしいのになんでだろうという顔をしている。
いやそれ今年食ったなかで一番不味い食べ物だから・・。

巻き寿司は一行に減らなかったが、
それはさすがに失礼と感じた礼を重んじる国からきた
日本人の二人は無理やりそれらを胃に流し込んだ。

するとヒトミは驚くべき一言を放った。

「もうひとつ、つくりますね。まきずし、おいしいです!」


タワポンちゃんガーン。


私は再び日本人の女の子にアイコンタクトを送った。

「あとで、ちゃんとした店で食べなおそう」

彼女は目をぱちくり、口をもぐもぐさせながら
そのアイコンタクトに必死に答えた。
私たちは1時間後、ようやく巻き寿司地獄をぬけだし、
ゲストハウスに戻り晴れて牛肉麺を食べた。

それは本当に奇跡の生還だった。

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私はあの日以来、巻き寿司を見ると
日本に夢見る一人のチベット人少女を思い出す。
来る前、大好きだった日本、来た後も大好きであって欲しい。
そんな風に思いをはせつつ、私は日本の
「おいしい」巻き寿司にかぶりつく。

するとその瞬間、チベットの郎木寺の青空が
一瞬私の目の前に浮かび、それはゆっくり、ゆっくりと
チベットの霧のように消えていった。


女に幸あれ