16-やっぱり鳥葬に行く

郎木寺は何もない。
村の南北に仲が悪く、村を分断するように建つ
大きな寺が二つある以外、これといった観光地もない。

しかし気のいいゲストハウスのスタッフと
毎日かわるがわるやって来る旅人達と
一緒にいると、これが思いのほか居心地がよく
私はついついこの村に長居してしまった。

これはいかん!と立ち上がったのは
郎木寺に来てちょうど4日目だった。
名残惜しいが、もうこの村を去ろう。
しかし、私にはこの村に心残りがあった。
一度は諦めたアレだったがやっぱり・・・ちょっと・・。

見てみたい!

というわけで私は顔見知りの日本人の女の子が
ゲストハウスにふらりと来た時に「アノ話」をしてみた。
寺の裏山でこっそり行われるという死の儀式の話を・・。

「突然なんですけど、鳥葬って知ってます?」

「聞いたことあるけどよく分からないです。」

「簡単にいうと亡くなった人の体を
そのまま捨てるのはもったいないというわけで
大きな鳥に食わせるというチベットのお葬式ですよ。
興味ありますか?」

「興味ありますよ!」

「じゃあ・・明日見に行きません?」

「え?ここで見られるんですか?」

「そうそう、この近くの寺の裏山で見られるよ」

「私はどっちでもいいですよ。もし行くなら行きます。」


・・・。


どっちでもいいって何やねん!


この世はYesかNoなわけ!その返答が一番困るわけ!
ったく・・これだから最近のゆとり世代は・・。

一人ではもう行くのは止めようと思っていた鳥葬だったが、
彼女がそこまで見たいというのでは仕方ない・・。
行かざるを得ないではないか。

ということにしておこう。

鳥葬は8時に行われるという情報により
私たちは翌朝、7時半にゲストハウスに待ち合わせ、
鳥葬が行われるといわれる裏山を目指した。

裏山には有刺鉄線が至る所に張り巡らされていた。
これはヤクが裏山から逃げ出さないようになのか、
それとも、私たちのように寺のチケットを持たずに
不法に侵入する旅行者を排除するためなのか
それは、びっしりと少しの隙もなく張られていた。
さすが万里の長城の国である。

先に彼女に鉄線を通ってもらう。
私のヒザに足をかけ階段のようにして
登ってもらおうとしたが彼女は「大丈夫です」といい
なんとか自力で鉄線を越えた。
私はというと股間が鉄線にひっかかり
安物のズボンが破けてしまった。あーぁ。
私の目の前には嫁入り前の乙女がいるというのにだ。

しばらく斜面を歩くと彼女が急に苦しみ始めた。
高山病の症状だろうか?しかしおかしい。
というのも彼女は、高山病とは
無縁だと会話の中で言っていたのだ。

「これって高山病なんですかね?
 私チベットに来てこんなに苦しいの初めてです。」

苦しむ彼女の隣で止まり彼女の回復を待つ。
私の息もかなりあがっている。
高地で山に登るのはかなりのエネルギーを消費するのだ。

大丈夫です、というので私たちはまた歩き始めた。
しばらく歩くと鳥葬台が遥か彼方に見え始めた。
私は鳥葬台から煙があがっているのにすぐ気づいた!
これは儀式を行っているに違いない。
私たちの期待は否が応でも高まっていく。

10分後、私たちは鳥葬台まで来た。
「追い返されたら帰ろう。その時は仕方ないね。」
そう私が言うと彼女も「そうですね」と言った。

私たちは恐る恐る死の現場に足を踏み入れた。
そこには1mほどある大きな分厚いコンクリートがあり
その上に人骨が一体寝かされており、
その人骨の周りに無数のハゲワシが群がっていた。
さらに、その周りにはチベット人のおじさんが5、6人おり
民族衣装をどういうわけか、かなり分厚めに着ながら、
軍手をして、手にはナタを握っていた。

「やばい・・来ちゃったね。」

「はい。」

私たちの言葉数は次第に減っていった。
亡くなった方の人肉の大半は既にハゲワシに
食われた後のようでほとんど残っていない。
そこにはただ、理科の実験室に置いてあるような骨が
横たわっており、それを覆うように巨大な鳥が
数えられないほど群がっている。

なんなんだ、この高揚感は!

私はジャーナリストとしての使命を感じ始めていた。
不謹慎なのは分かる。しかし、この光景を
どうしても全国に6人いるブログ読者に届けたい!
気がついたときには気づかれないようにカメラを手で覆い、
電源ボタンを押していた。

しかし、どうもおかしい。
電源ボタンを押しているのだが、電源がつかない。
この日に備えバッテリーは十分に充電してきたというのにだ。
しばらく電源ボタンを押していると10回目くらいだろうか。
やっとカメラは動き始めたので、手でカメラを隠すようにして
静かにシャッターを数枚切った。

見つからないように後ろを向き、撮れた写真を
その場で確認してみて私は驚いた。
買って数年ずっと故障などなかったカメラの写真に
不思議な白い光が入り込んでいるのだ。

もちろん真昼間からフラッシュなどたいていない。
おかしい、三回シャッターを押したが全部
同じように不思議な白い色が入り込み、
四回目でやっとまともに写るようになった。

心霊現象かなにかだろうか。
ちなみに左に写っているのは私の指だ。

カメラが直った次は彼女が不調を訴えはじめた。
彼女は、「ちょっと気分が悪いんで吐いてきます」
という言葉を残し現場を離れ吐きはじめた。
こういうグロテスクなものは平気だと言っていたし
儀式の最初あたりまでは冷静に
その光景を一緒に見ていたのに・・。

吐き終わって帰ってきた彼女は何故か泣いていた。
「どうしてか分からないんですけど、急に涙がでてくるんです。」

彼女は続ける。

「ああいう光景も苦手ではないんです。
 でも山に登り始めたあたりから急に気分が悪くなりはじめて・・。
 まるで誰かが来るなって言ってるみたいで。」

うーん。怖いことを言うね。

儀式は私たちなどお構いなしで続く。

顔の骨を大きなナタでかち割り、その骨をハゲワシに
投げるとハゲワシ数十羽がその骨に少し残った肉を
目当てに強奪戦を始める。

3メートルはあろうかという
羽を全開に広げ、相手を威嚇する。
肉にありつけた鳥はその肉をくちばしで咥え、
邪魔者のいない場所に一人で飛び立ち、
その人肉を骨の髄まで味わう。

骨に少し残っていた肉には小麦粉だろうか
なにかの粉をつけて鳥に投げる。
それをおいしそうにハゲワシは食う。
するとなんとチベット人のおじさんは、
お前らも投げてみるか?といわんばかりに
その小麦粉をつけた人肉を私たちのほうに投げようとしてきた。



ぎゃー!!!!!!!!!!!!!
やーめーてー!!!!!!!!!!!!


ま・じ・で。


今後の人生のために旅で色々な経験をしておくと
いずれ生きてくるだろうが、人肉をハゲワシに
投げる経験とか、私いりませんから!
ほんといりませんから!

私たちが本気で嫌がるので、おじさん達はその肉を
しょうがねぇなという感じで鳥にぽーいと投げた。
その頃には彼女もいくぶん平静を取り戻していた。

30分くらい経ったろうか。
死の儀式は終わった。
さっきまで骨が転がっていたコンクリートの上には
見事なまでに何も残っていなかった。
ハゲワシ達も食事の終わりを感じたのか
一羽、また一羽と山を去り始めた。


おじさん達は私たちの15メートル程先に立ち
私たちのほうを向き指でワッカを作った。
私はそれがすぐに金を要求していると分かった。

「金を要求してるね。」

「そうみたいですね。」

「分からないふりしようか。」

「はい」

私たちが何のこと?ととぼけた顔をしていると
おじさん達は諦めたのか歩き始めた。
一つ変なのは自分達の乗ってきた車を鳥葬台に残し、
隣の山に向かって歩き始めたのだ。


あの先に何があるんだろう。

鳥葬をしたあとに何か特別な儀式でもあるんだろうか
私たちの興味は尽きなかったが、
おじさん達の後を追うのは止めた。
ただでさえ怪異現象が続いている。
変なトラブルには巻き込まれたくなかった。
私たちは鳥葬台から下山することにした。

「今は気分、大丈夫?」

私がそう聞くと彼女はだいぶよくなったと言った。
「なんで急に気分悪くなったんだろうね?」
私がそう聞くと彼女は口を開いた。

「私の祖母には、不思議な力があって
 急に近所の人の名前を言って「あの人死ぬよ」とか
 言うんです。みんなでそんなことないよ、おばぁちゃん
 なんて言うんですけど、不思議なことに
 その人が本当に次の日に死んじゃったりして・・」


へぇ・・。


「私も祖母みたいに不思議な、
 なんていうか霊的な力があるんだと思います」


おぉ・・。


彼女が吐いて泣いたその時、
彼女にどんな感情が押し寄せたのかは分からないし
私のカメラが、なぜ急に白い光を拾ったのかも分からない。
それらが霊的現象かもしれないし、そうではないかもしれない。
しかし私たちが行ったそこは、何千人というチベット人
ナタで刻まれ肉体の最後を迎えた現場である。
そんな神聖な場所におもしろ半分でやってきた私たちに
誰かが警告の意味でそういうメッセージを
送っているとしても少しも不思議ではないだろう。

私たちは鳥葬を見たその日の昼、
郎木寺を去ることにした。
パッキングを済ませ、世話になった
ゲストハウスのスタッフ才丹とはハグをした。
「絶対また郎木寺に来いよ」
才丹のその言葉が嬉しかった。

日本に夢見るヒトミも店をほったらかして
私たちのバスを見送ってくれた。

さようなら郎木寺。

私と彼女はバスに揺られ次の町、夏河に向かった。
私たちは夏河以降、別々の目的地を目指し別れる。

夏河にはバスで5時間かかった。
5時間もの間、私たちの旅トークは尽きることがなかった。
シンガポールで同じゲストハウスに泊まった
ことがあるというだけで旅人どうしは大盛り上がり。
やけに親近感がわくから不思議だ。

彼女は最近、この夏河に立ち寄ったらしく
安いゲストハウスを紹介してくれた。
もう夕方になっていたのでお勧めのレストランも
紹介してもらいそこで二人で夕飯を食べることにした。

そこはなんでも現地のお坊さんや観光客にも大人気の
レストランらしく少し相場的に高いが、味はおいしいという。
私は彼女が勧める「ヤク肉チャーハン」を頼んだ。
これが比較的安かったのだ。

そのチャーハンは衝撃的だった。
こんもりとしたご飯の内や外に肉片がちらばり
そのご飯の中央にはスプーンがぐさっと
地に立つような感じで刺さっている。

「なんかアレみたいだよね。」

「はい。」

「今朝見たよね。この光景。」

「はい、鳥葬台で・・。ご飯の周りに肉片ちらばってますし・・。
 でも良かったじゃないですか。」

「どうして?」

「ブログのオチになるじゃないですか。」


「・・・。」



はい。がっつり使わせてもらいます



その名も「鳥葬チャーハン」

味はおいしかったんですよ。味は。