17-我、寺に飽きる

夏河に来て一夜が明けた。
私と一緒に夏河にやって来た日本人の女の子は、
今朝4時に起きて、バスでさらに田舎の村に行くと
いっていたので、私は再び一人になった。

この村に来た理由はただ一つ。
チベット仏教ゲルク派の六大寺院のひとつである
拉卜楞寺(らぷらん寺)に行くことである。
聞くところによれば拉卜楞寺はダライラマ14世も信仰する
ゲルク派の寺院としてはラサのポタラ宮に次ぐ規模の寺であるという。

しかし私のチベット仏教への思い入れは薄い。
こんなことをチベットの坊さんの前で言ったら怒られそうだが
時間があるから、なんとなく行ってみようかと思ったのだ。

朝6時に起きて巡礼者に混じって入場すれば
本来入場料40元(500円)のところをタダで入場できる
ということなので、ケチな私は眠い目をこすりながら
早起きして寺に向かった。

空はあいにくの雨。
私は青いレインコートを着て、頭にはフードをかぶった。
手にはカメラを持っているし、「観光客です」オーラ満点で
入場できるのだろうかと思ったが、拉卜楞寺には特に入場門
があるわけではなく、いくつもの寺が合わさった拉卜楞寺の
壁面の周りを巡礼者に倣ってマニ車を回しながら巡礼し、
時々門が開放されている寺に入ってお祈りをするという感じだった。

驚いたのはその寺の規模だ。
寺のその壁面は一周するだけで1時間もかかる程、
拉卜楞寺は巨大な寺なのだ。

中には、雨でびしょびしょになりながらも
全身を地に投げ出して祈る仏教において最も丁寧な礼拝方法である
五体投地」を行っている者もいた。
私は彼らのすさまじいまでの信仰心を見て、ただただ唖然とした。

私がチベット寺院があまり好きではない理由の一つに
チベット人僧侶に中国人と勘違いされ、邪険に扱われることにある。
ご存知の通り、中国はチベットを侵略し、寺を焼き破壊した。
僧侶の多くが命を落としたため、
多くのチベット人が今もなお中国人を恨んでいるのだ。

私が寺の内部に入ろうとすると私は一人の僧侶に呼び止められた。
少し白髪の見える体格のいいその僧侶は私に英語で
「どこから来た?」と聞いてきた。私が、「日本」というと、
彼は首をしゃくり「じゃあ入れ」と合図した。
私が中国人といったら彼はどう反応したのだろう。

中は荘厳な雰囲気だ。
写真撮影は厳禁なので写真はないが、
参拝者の多くはヤクの乳から作ったバターろうそくを
各家から持ち寄り、それを仏の面前に灯す。
チベットでは、そうすることが既に立派な
お供えであるとされている。

私の目の前には全長3mほどの金色に輝く仏が三対ある。
坊さんが至る所に座り込みなんやらお経を唱えている。
お供えものや寺の装飾を腰をかがめて、じーっと見ていると
私は一人の坊さんに「不敬だ」、と腕をつかまれ
外に追い出されてしまった。

だから寺は嫌いなんだ。

仕方ないので私はゲストハウスにこもり、
旅行に行く前に彼女から強制的に借りてきたi podで
ロックマンX」というゲームをした。
私が小学生くらいの時に大流行したゲームが
今ではこんな携帯端末で楽しめるのだ。
それにしてもチベットに来て暇なときは、
このゲームばかりしてたもんだから、
私はロックマンXが異常に強くなってしまった。

こりゃ、ダメだわ。

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翌日は早朝に目覚め、バスに乗り同仁という街を目指した。
この村はチベット仏教芸術の中心地であり、
紙に仏を描いたタンカとよばれる仏画で有名だ。

こんな壮大な絵を描くなんてたいしたもんだわ。
タンカとはいかなるもんかね、と私はこれまた
暇をもてあまして寄ってみたのである。

現地の小学生と一緒に小さなバスに体を小さくして乗り
私はタンカの作成で名高い吾屯上寺を訪れた。
チケットセンターでチケットを買うと、
そこにいた僧侶が私にまたもや国籍を聞いてきた。
私が日本というと彼は、「じゃあ案内しよう」
と言って私の先頭を歩き出した。

寺は全て鍵がかかっているようで、
彼はそれを開けて私を案内してくれる。

「このタンカを見てみてごらん」

うーむ。なかなか芸が細かい。

「この絵は何人で描いて、何日かかるの?」

「そうだなー、このくらいの絵だと10人で描いて、2ヶ月だな」

「10人?1人か2人じゃないの?!」

「そんなんじゃいつまでたっても描き終わらないよ。」

ほぉ・・・。
きっと仏画を描く行為も功徳を積むことになるのだろう。

「絵もすごいんだけど、仏像もなかなかだろ?」


ほぇ〜。

ひょえ〜。

「ん?あの写真はダライ・ラマじゃない?
 中国でダライ・ラマの写真を掲げるのはダメなんじゃないの?」

私がそう聞くと、若い彼は苦笑いしてこういった。

「本当はダメなんだけどね」

寺に全て鍵がかかっているのは、お賽銭泥棒から
守るためだとばかり思っていたが、それだけではなく
ダライ・ラマパンチェン・ラマへの信仰の自由も
守っていたのだろう。

「次は君に未来の仏陀を紹介するよ。ついておいで」

「未来の仏陀?!」

私は言われるがままに連れて行かれた。
未来の仏陀とは一体なんだというのだ。

「これさ」

「手が千本あるんだよ」

「ぎょえ〜・・」


職場におったらどんだけ仕事できるやろか・・。
むしろ手が重すぎて案外使えんやろか・・。
うーん、なんとも、なんとも。

「次に、君に工房とギャラリーを案内するよ。」

「これが工房、今は誰もいないけど、
 午前中なんかはここでみんな絵を描くんだ」

「みんな寺の中で住んでるの?」

「そうだよ、高僧なんかは寺の中に家を持ってるんだ」

「へぇ〜」

「ここがギャラリー。参拝者も絵を買えるんだ」

「一枚いくらぐらいするの?」

「そうだな、安いので300から400元(4千〜5千円)だよ」

「高いのは?」

「高いのは1000元(13万)のもあるよ。
 本物の金が塗られているから高いんだ。」

「そんなの塗り間違えたり、失敗したらどうなるの?」

「大丈夫、失敗したら上から塗り重ねるのさ」

若い彼は私のくだらない質問にも全部答えてくれた。

ありがとう!

お寺はそれなりに楽しめたが、滞在は、ほんの30分である。
私は再び安ホテルに戻りベッドに沈んだ。

そして、退屈まぎれにロックマンXをした。
私はチベットにまで来て、なぜロックマンばかり
しているのだろう。

寺に寄って、帰ってロックマンをするという
ワンパターンな生活にも飽きてきたゾ!
私はどこか新しい街に行きたくなった。

ここではないどこか・・・。

でも、どこに行こうか・・
私は地球の歩き方に付属している中国全土の地図を広げた。
その時、私は郎木寺で会った日本人の女の子の言葉を思い出した。

新疆ウイグル自治区ウルムチに行ったんですけど
 みんな女の人とっても綺麗でしたよ!
 中国の血と中央アジアの血が混ざってるせいなのかな?
 町中が滝川クリステルみたいな感じなんです!」

「へぇ〜。そうなんだ。」


ん?


ちょっと待った!!


町中が滝川クリステル!?!?!?


正直好みでいえばカトパンのほうが好きだが、
滝川クリステルも私はいける口だ。

地図を見てウイグル自治区を確認すると
かなり遠いのだが行けない距離でもない。

残り1週間という旅程から考えると、これがラストチャンスともいえる。

もはやチベット旅行記ではなくなるが、
このまま午前中は寺めぐりをし、
午後にはロックマンばかりしている男のブログを
一体誰が望むだろう。
それにこの旅のテーマは「美女をたずねて」である。
旅のテーマにはむしろ沿っている!

私はウルムチに行くべきなんじゃないだろうか。

次第に私はウルムチに行きたくなってきた。
なんたって町中がクリステルなんだ!
嘘か真か。この目でしっかり確認してやろうじゃないか。

私の新疆ウイグル自治区ウルムチ行きはこうして決まった。