18-中国の車窓から

ウイグル自治区ウルムチに行くことを決めた私は
同仁からバスに乗り西寧までやってきた。
ここはダライラマ14世の出身地ともかなり近く
ダライラマの生家もあり旅行社に手配すると見学することが
できるらしいが、今の私にはそんなものこれっぽっちも興味ない。
私が今、興味あるのは町中が滝川クリステルだという
魅惑の街「ウルムチ」だけなのだ。

西寧からはウルムチ行きの鉄道の走る蘭州へ再びバスで目指した。

同仁からの移動時間だけで8時間。
かなり疲れているが私に残された時間は少ない。
このまま蘭州でウルムチまで行く夜行列車のチケットが運良く
買えればいいなと思い駅まで行ったが、
当日のチケットはどれも既に売り切れていたようで
仕方なく翌朝のチケットを買った。
物価の安い中国だから、チケットなんて150元(2000円)くらいで
買えると予想していたが、339元(4500円)したのには心底驚いた。
しかし仕方ない。どれもこれもクリステルのためなのだ。

チケット高いわ、街には高級ホテルしかないわで、
蘭州は私にとって、ろくでもない町だった。
私は町中歩きまわり、中国人しか泊まることのできない
招待所にこっそり行き、招待所のおばばを
なんとか説得し、500円で泊めてもらった。
そこは廊下に面した窓が一つにベッドが
一つあるだけの簡素な独居房のような部屋だった。

しかし仕方ない。ただ、ひとつだけ分かってくれ。
どれもこれもクリステル、君のためなんだ。

翌朝、駅に向かった。
長距離の鉄道に乗る際、中国人が必ずそうするように
私はカップ麺とお菓子を大量に買い込んだ。
鉄道で売られる弁当は高く、そしてたいしておいしくない。
車内でカップ麺も売られているが値段が高いのだ。
いつの間にか、私もすっかり中国人化していた。

中国の列車は座席もあるが、私は
十時間を越える長旅に備え寝台を選んだ。
中国の寝台には等級があり、グレードが高い寝台は
二段ベッドのようになっており、プライバシーを守るための
カーテンもついており快適な生活が約束される。

しかし、私の選んだエコノミーの寝台は
三段ベッドで、カーテンなどついていない。
三段ベッドは左右にひとつずつあり、
六人が向かい合って狭いスペースを共有するようになっている。
日中は一番下のベッドに乗客が腰掛けソファーのように使う。
そのため、十何時間も一緒に旅をする同乗者次第では
旅が楽しくも、つまらなくもなりえるのだ。

しかし乗客はベッドの下段、上段というのは
チケットを買う段階で選べても、自分のベッドがどこになり、
どんな人間と一緒になるのかは全く分からない。

まさに運が全ての大博打なのだ!

私は車内に入り、自分のベッドであるベッドの上段に居座った。
向かい合わせのベッドまでは1mほどしか離れてない。
一体どんな人が来るんだろう。

しかし発車間際になっても誰も来ない。
私は暇なので仕方なく旅の日課となった日記に
今日列車の中ですることを列挙することにした。

私は日記を書く時に気をつけていることがある。
日本に帰って誰にも私のプライベートな日記を
読まれないように、字は書いた私が、かろうじて
読めるくらいに「あえて」汚く書いて暗号化しているのだ。
そのことを、先にことわっておきたい。

今日することで、腹筋をするのはまだいい。
長旅で鈍った体を鍛えようとしているのだ。
ガイドブックを読んでウルムチの予習をするのもいいだろう。
しかしだ。タイツを脱ぐとは一体なんだろう・・。
一日にすることがこれだけとは、なんと荒廃した
生活なのかと、今読み返してみて思う。

私が馬鹿な日記を書いていると私のベッドに近づく者がいた。
長く適度に色落ちしたキレイなデニムを履いた、、女子大生だ!
下段なの?中段なの?それとも私と同じ上段なの?
彼女がはしごに足をかける。
下段を飛び越え、中段をまたぎ、、上段キター!!!^_^

女子大生はベッドに横になるなり、私には目もくれず
ペンとテキストを持ち勉強し始めた。
これで結構シャイな私は自分からは一切話しかけない。
しばらくして列車は動き始めた。
三時間くらい私と女子大生の間には列車の走る音だけ響いていた。
すると突然、その静寂を切り裂く声が隣からした。

「あなた、数珠をしてるけどモンゴル人?チベット人?」

私はそう言われチベットで買った数珠を見た。

数珠をしている人間の多くはチベット仏教徒である。
チベット仏教徒にはチベット人はもちろん、
内モンゴルの信者も多い。

「どちらでもないよ。日本人だよ。」

「そうなの?てっきりチベット人かと思ったわ。
 私はツァイツァイ、モンゴル族よ。よろしくね」

彼女はそういい笑う。
女子大生の笑顔はこれでもかというくらいまぶしい。

「何を勉強しているの?」
私がそう聞くとツァイツァイは答えた。

「明後日、ウルムチで公務員試験があるの。
 1800人受けて12人受かるような試験よ。
 そのために勉強しているの。」

「試験、緊張してる?」

「緊張なんてしないわ。ところであなたはどこに行くの?」

「私はウルムチに行くんだ。」

「私と一緒ね、観光?」

「そうだよ」

「そうだ、何か困ったことがあったら私の携帯に電話して。」

彼女はそういい、道端で配られているような
広告に自分の電話番号を書き込んだ。


女子大生の携帯番号、キター!^_^


「いつまでウルムチにいるの?」

「3日間くらいかな」

「それなら試験が終わったら私が観光案内するわ!」


デートキター!^_^


「ほんとに?ウルムチ詳しいの?」

「三回しか行った事ないわ」

彼女が笑い、私も笑った。

私達のベッドの下では子供が二人、通路で遊んでいた。
男の子と女の子、どうやら彼らも列車で出会ったらしい。
私が下に降り、彼らにちょっかいをだしていると
私はすぐに彼らに取り囲まれてしまった。

この子達は私が中国人だと思って近寄ってきているが
私が日本人だと知ったらどうなるだろう?
もしかすると逃げ出してしまうだろうか?
一抹の不安がよぎる。

「私は日本人だよ。」

仲良くなってきた頃に私がそういうと
男の子は「何?そんなわけないでしょ!」
と言い私のほうを目をパチクリさせながら見ている。

「本当だよ。だって中国語の発音少し変でしょ?」

男の子は一瞬とまどっていたが次の瞬間に
私に遊んでくれ〜と抱きついてきた。
彼らが欲しいのは、ただの遊び相手で、
そこに国籍はあまり関係ないようだ。

「そうだ!絵を描いてあげよう!そこに座って!」

そういい私は彼らの絵を描き始めた。
彼らはやがて、学校の教科書で
日本人は凶暴で残虐な民族だと習うだろう。
私は幼い彼らの日本人に対する印象がたとえ少しでも
変わればいいと思った。

中国のお友達へ、日本の友達より

「どう?似てる?」

どれどれ?と彼のおかあさんまで寄ってきた。

ハハハ!筋肉ムキムキじゃない!これはあんたの将来の姿よ!
よかったわね!なんて言ってる。

少女の絵も描いたが喜んでくれたみたい。

彼らの人気者になれたのはよかったけど
少し横になろうと上段のベッドに行っても
ちびっこが付いてきたのには少し困った。

「声を出したらダメだよ〜隣でお姉さんが勉強してるから!」
と言っても子供はいうことを聞かず、
兄ちゃん遊んでくれよ〜と私のズボンを引っ張る。
隣では女子大生が「あなた子供に大人気なのね」
と言って笑っている。

私がふと窓の外を見るとオレンジ色の夕日が
窓いっぱいに広がり、野生のラクダが2匹
優雅に歩いていているのが見えた。

私は手に目をやり、夕日色に輝く数珠を見た。
つけてもなんのご利益もないじゃないかと思っていたが
やはりご利益はあるのだろうか、なんだかそんな気がしてきた。

ウルムチは、クリステルはもうすぐそこだった。